ももだよりMomo dayori

2021/12/01

斎藤果樹園

明治に養蚕から始まり昭和から桃を栽培

斎藤果樹園の栽培面積は3ヘクタール。明治に養蚕から始まり昭和に入り桃の栽培を始めた農家です。母屋は明治36年に建築されたもので、目を見張る太さの柱や梁が歴史を感じさせます。家族で桃の栽培に取り組み、25種類ほどの品種を生産販売しています。7月上旬の極早生種から10月下旬の極晩生種まで収穫時期は長く、贈答用として人気の「あかつき」をはじめ、福島県のオリジナル品種「はつひめ」や「ふくあかり」、全国で3軒の農家しかつくれないレア品種の「富月(ふげつ)」ほか、硬めのパリパリ食感が好きな人にオススメの「川中島白桃」、超大玉の極晩生種「ゆめかおり」など、多様な品種を栽培しています。

桃一筋

斎藤賢(さいとうさとし)さんは斎藤家の6代目。大学卒業後埼玉県で会社勤めをしていた時に東日本大震災が発生しました。震災の年に宮城県で開催されたプロ野球オールスター戦での復興支援イベント等に、園主の壽行さん(父)と一緒に参加したのをキッカケに桃の栽培に興味を持ちはじめ、次第に地元の復興やふくしまの桃について考えるようになり、震災の翌年に桃農家を継ぐことを決意しました。桃一筋に、家族で愛情を込めて育てています。

最小限に手を加え最大限に樹の力を引き出す

肥料は、完熟牛糞堆肥をメインにフィリピン産のサンゴや広島県産の牡蠣殻などの有機肥料を用います。有機肥料を使うことで、樹が元気に育ち大きく甘い桃ができます。また樹が元気になることで、病気、害虫にも強くなり減農薬にもつながるそうです。剪定は4本主枝(しゅし)仕立てで弱剪定が特徴の「大藤流」です。一般的な2本主枝の「開心自然系」と異なり、枝の剪定をあまり厳しくせずあえて余分な枝を残し、葉面積を増やすことで樹が元気にスクスクと育ち、若木の頃から高品質で多収穫な桃の栽培を実現しています。

復興のシンボル、そして世界で喜ばれる桃へ

斎藤果樹園では、震災翌年の2012年から2年間、タイへの桃の輸出とタイ王室への献上も経験しました。輸出時の海外における伊達の桃の評価は高く、

「桃が復興のシンボルとなり、ふくしまの産品に対する誇りを感じた」

と当時を振り返ります。目標は海外へ輸出すること。

「もっとふくしまの桃、伊達の桃を広めていきたい」

海外で伊達ブランドの桃が流通する日は遠くないかもしれません。

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